「再会」


 パリの楽しみの一つが「ガリ」との再会。
 ガリは以前、北デザインにCG・家具のデザインで約半年ほど時間を共にした仲間。ガリが来日した本当の理由は、フランスで出会った日本人の「しょうこ」さんに会うためらしい。結局、彼は「しょうこ」さんとフランスに帰ってしまった。愛のパワーは素晴らしい!
話を戻し、彼はフランス語はもちろん英語もOK。しかし私はどちらも???? それでも、コミュニケーション何とかなるようで、きっとフランスでは「まいう~」が流行っているはず…。
 ○月×日、宿泊先のホテルのロビーで待ち合わせ。すると…「ガリ&しょうこ」が登場。一日パリ市内を案内してもらい、二人には感謝!感謝!
 それにしても、「しょうこ」さんは気が利く女性で美人。ガリにはもったいないけど、とにかく「がんばれ!」社員みんなが応援してます。お幸せに!!



「フランスも?」


 異常気象は日本だけではないようで、1月のパリも暖冬の様。いつもは零度近くまで冷え込むのが、滞在した1週間は10度前後。
 道路事情は大変そうで、市内いたるところで渋滞があるらしい。路上駐車は当たり前、見事な縦列駐車? そして、この車どうやって出るの…?

奥山克之の「ボンジュールフランス」[1]




「タイムスリップ」


 パリに着いた翌日、日本を出発する前からの楽しみであった「サヴォア邸」の見学。建築家ル・コルビュジエの代表作の一つである。私が「サヴォア邸」を知ったのは、大学1年の製図の授業。模型製作の課題を与えられ、当時そんなに建築の事を知らなかった自分でも、外観のフォルムの美しさ・自由な空間などに惹かれ、とにかく無我夢中で模型を造った記憶がある。
 パリ市郊外の住宅地にある「サヴォア邸」。門を通って驚いたのが、「ミニ・サヴォア邸」だ。大きさは約15坪程の2階建て、外観もそっくりでお手伝いさんの住む家らしい。そのまま100m程進むと、目の前にその美しい姿が目に飛び込んできて、自分でも分かるほど興奮している。たぶん、妻の両親に結婚のお願いをした時以来の胸の高鳴り…そして、中に進入!
 ガイドのフランソワさんの説明も半分上の空で、隅々をじっくり観察。コートを眺めながら上るスロープ。2階のサロンとコートの間には天井までのガラス建具。トップライトからの陽が青色の壁に反射し、色を変え…。何故60年前にこんな発想が…恐るべし、ル・コルビュジエ。

「イタリア大好き!」[1_1]


1.イタリア人は映画好き

 2月のイタリアは夜明けが遅くAM 7:00でもまだ薄暗い。体内時計は時差ボケで混乱し 悲鳴を上げていた。いつもの起床時間がくると、判で押したように目が覚める。こんなまじめな日本人には、夜遅くまで食事を楽しむ習慣になじむのには時間がかかる。
日没が遅いせいか、又は、たいした娯楽がないせいか、イタリアでは映画が若者の心捉えていた。
内容は新旧おり交ぜて豊富だか、すべてイタリア語の吹き替えだ。深夜TVで懐かしいアメリカドラマもイタリア語。暗くて重い内容も何故か明るく変貌してしまう。
映画「アルマゲドン」も放映されていたが、危機迫る内容がアットホームな感じがした。
 映画館は街中にあるが、古い建物のリサイクルなのでポスターが無ければ見分けが付かない。一つの映画館で何作品も上映する、いわゆる「シネコン」のようだが、建物が時代を感じさせるので 映画「ニューシネマパラダイス」の舞台を連想する。

「イタリア大好き!」[1_2]


1.イタリア人は映画好き

イタリアの若者のデートはきっと BAR→映画→食事 なんてコースが定番なのだろうか
夜のイタリアを楽しみたいのなら期待はずれかも知れない。歓楽街など見当たらない。
以外に(?)健全なお国柄に少々驚き又、尊敬の念もこみ上げてきた。夜はスーパーで購入したチーズとクラーッカーを肴にビールを飲んで、見たことのある映画をTVで探し楽しめる。毎日深夜まで映画は途切れない。(番組を作るより楽?)
イタリア映画が楽しいのはこんな背景だからかな。もっとイタリア語勉強しとくんだった。

「イタリア大好き!」[2_1]


2.おしゃべり大好き
 
午前AM 9:00~PM 13:00 
昼食 PM 13:00~PM 14:00
午後 PM 14:00~PM 17:00 残業はありえない
このサイクルで全てリズムを刻んでいるが、私用で平気でシャッターを閉めて出かけてしまう。入りたい店もウインドーに額を付けて涙した。イタリアでもミラノはゲルマン民族が少々入っているようで‘まじめ“なほうとの事。目が合うと気軽に声を掛ける男性はいない。友人と楽しく「おしゃべり」しながら歩き、一人の時は携帯電話で「おしゃべり」しながら移動していた。背の低い観光客など目に入らないようだ。とにかく黙っている人は見なかった。通訳の方が言っていたがイタリア人は一つの事を如何に沢山の言葉を使い多くの表現が出来るかが知的である証で、そのまま通訳すると何度も同じ言葉を繰り返すことになってしまい、全部通訳していないと誤解されるそうだ。(きのどく!)端的に表現する事を美徳と感じる日本人にとって イライラする場面だが、人の話をじっくり聞くトレーニングと思えば良いのである。

「イタリア大好き!」[2_2]


2.おしゃべり大好き 

 彼らの「おしゃべり」の受け皿は”BAR“である。カウンタースタイルが多く、軽いスナックが大皿にこんもり積まれ、ワインやカプチーノ代金を支払えば サンドイッチやチーズを食みながら大好きな「おしゃべり」である。待ち合わせの人はお店の人を捕まえてしゃべっている。まるで”もっきり屋“である。とにかく黙っている人はいない。そのせいか店内にBGMは無い。1階に店があり天井が高いせいで、話し声は高らかに反響し 静かなBARは無い。静けさを求めたいなら、店外の仮設テントでガスストーブに寄り添いアフォガード(アイスクリーム+エスプレッソ)を震えながらすするのだ。
日本人はおとなし過ぎる気がした。

「イタリア大好き!」[3]


3.イタズラ好き


 ミラノに着いて一番驚いたのは、建物外壁の「イタズラ書き」である。
由緒ある歴史的建造物もイタズラ好きの悪ガキ共により台無しで、石造りにスプレーで描かれた作品(?)は吸い込まれなかなか消せないそうだ。ガイドさんが「ミラノの恥」と叫んでいた。年に1度シャッターの塗り替えが条例により義務付けられているため、各お店のオーナーはお金を掛け綺麗に塗装するがその二日後には新しい作品(?)の洗礼を受ける。夜中に生まれる醜いイタズラには素晴らしい物もあり、思わずシャッターを切ってしまった。この衝動は「イタズラ書き」を認めたような気がして悔しかったが、心が動いてしまった。街中ヘンテコな作品がだらけではあるが、一流のブランド店舗は限りなく消してイメージを保っていた。(がんばれ!) しかし悪ガキ共は、教会だけは手を出さない。やはり神様が怖いようである。君たちに幸あれ。

「イタリア大好き!」[4]


4.イタリア人は日本好き

 インテリア雑貨や、家具ショップに入ると何か懐かしいテイストが散りばめられている。今、イタリアは日本ブームなのだ。ディスプレーには箸やお茶碗がシックな色合いでカッコ良く並べられている。色合いは白ベースに濃土色の物が多い。イタリアに新しいデザインを求めに来たがジャパネスクが圧倒的な威力で迎えてくれた。B&Bもカッシーナも日本が大好きである。これは喜んで良いのか、残念と言えるのか心がグルグルである。観光日本人も多く見かけたが、日本人同士は目を背けてしまう。(何故だろう?)
 日本人だからかどうか不明だが、親切にしてくれた。やってはいけないが街中で地図を開き方向を見失っている時、どれどれと おじさんが顔を突っ込んで来てくれる。食事時に注文に困っていたら隣席の紳士が、色々と世話してくれた。(感謝!!)アルマーニ本店ビルの和食レストランが有名。アルマーニご本人も時折夕食を楽しむらしい。大変おいしいと評判との事。だがしかし、ここはイタリアであり、あと少しで帰国である。和食に手を出すわけに訳に行かず、オリーブオイルとチーズにとっくに降伏している胃袋をもってしっても心は動かなかった。今思えばやせ我慢せず、お箸をにぎるべきだったか、心を少々イタリアに残してきたようだ。パニーニよ、ピッツァよ又会おう。待っておくれ。

「イタリア大好き!」[5_1]


5.憧れのブルガリホテル(五星ホテル)


 最近オープンしたホテルで一番行きたいランキング1位は、B&Bとブルガリが手がけた「ブルガリ ホテル&リゾート」である。アパレル関係のプロデュースとあってデザインもインテリアも上質な贅沢が実感できた。宿泊は難しいので、せめてお茶で見学させて頂くことにした。ガイドさんも個人的に好きなようで積極的に案内してくれた。街のド真ん中に位置するが、メイン道路から奥まっているため閑静な佇まい。更に私服ガードマンに守られ安心してくつろげる環境に入り口から緊張した。(教会に入った時より神聖な気分)五星以上で著名人はたいていこのホテルを利用するとの事。いつか一番安いお部屋でいいから泊まってみた。庭園は和風でイタリアとは思えないくらい和のテイストがしっかりしていた。天井までの窓からお庭を見て外国人は和風と気がつくのだろうか。私は良く頑張てるなと感じた。
 室内の色はシックな色使いで照明は極力控え気味。イタリアはダウンライトの考えが定着していない。直接光源を見せたくないらしい。ダウンライトをフロストガラスのカバーで全部囲い 間接照明として使用している。床からのアッパーライトとスタンドで構成された照明計画。壁は白、床と家具は深い茶系統。憧れのイタリアがここにあった。地下にスパハウスがあり建築雑誌によく登場する場面と対面できた。

「イタリア大好き!」[5_2]


5.憧れのブルガリホテル(五星ホテル)


 私が注文したのはホットチョコレート。前日に疲れ果て寒くてグズリそうな自分にやっと飲ませてあげたカフェのホットチョコレートが余りに美味しかったからである。ホテルブルガリのカトラリーも最高にカッコ良くカップもシュガーポットもそのまま持ち帰りたいくらい「かわゆい」デザイン。“命の恩人”ホットチョコレートを待ち望んだ。するとまるで南部鉄の土瓶のようなポットに並々とホットチョコレートは入ってやって来たのだ。昨日の味覚が脳を駆け回る。いった何杯分はいっているか検討もつかないが、一口頂く、するとなんと「これ甘酒?」な感じ。 二口目、やっぱり甘酒なのだ。ちょっと予想と違うが舞い上がった私の舌を落ち着かせるには十分だった。同行した会社の上司におごらせたが意外に安かったそうだ。ホテルマン達は全員私服、みんなイケメンでセンス抜群。
なんだか自分が背も鼻も高い人種になったような勘違いに ちょっと酔ったようだ。

「イタリア大好き!」[6_1]


6.歩行者天国にガックリ


 イタリアの街中は路面電車・地下鉄・トロールバスが庶民の足で、生意気にも電車と地下鉄を制覇した。(内心ドキドキ)1ユーロで何処までも行ける。(札幌と比べたら安い)
何世紀も前の都市計画のせいか道路は狭い。建物も境界線ギリギリまで建て込んでいる。(防火構造なので良いのか!)ましてや過剰な路上駐車が、道幅を更に狭くしていた。有料駐車場は有るが利用するイタリア人はいない。わずかな隙間に駐車するため小型車が大流行。ベンツのスマートが多くイタリアに妙に合っていた。ちなみにフェラーリは1台発見した。街行く人もみんな立ち止まってのぞいていた。思わず記念撮影してしまった。
 電車は街並みを眺めながら行けるので私的にはお勧めだ。適当なところで飛び降り歩くことにした。ドゥオモ(教会周辺)を中心に放射状に道が造られているので、方向さえ間違えなければ中心街に着く。開けた場所に出た時だった。「歩・行・天だ!」と誰かが叫んだ。一瞬何のことか理解できなかったが、今は死語の歩行天国を表現していたと理解できた。たしかに車を締め出し親子やカップルが道の真ん中で遊んでいた。今イタリアを体感中の私には、日本に引戻されたような気がして、興醒めした。

「イタリア大好き!」[6_2]


6.歩行者天国にガックリ


 カーニバルの時期で、様々な仮装をした子供達がどんなイタズラをしても許される恐ろしい期間である。彼らはカラースプレーを人に向け、紙ふぶきを掛け合っている。まさに小悪魔。地下鉄の排気口で紙ふぶき舞い上げて楽しそうで、参加したいが仮装していないので遠慮した(残念)パホーマンスでバイリン弾きの紳士がいた。見事な演奏を永遠提供していた。座り込んで聞き入りたいが置いて行かれるのであきらめた。(これ又、残念)子悪魔の中にピカチューも何匹か目撃。彼らの仮装も楽しめた。中学生くらいの悪魔達には要注意だ。シェービングクリームやカラーペイントを掛け合っていた。流れ玉に当たってしまいそうで、小走りぎみで移動していたが、我が同朋に犠牲者が出た。“一帳羅”に掛けられ「泣きべそ顔」になっていた。笑ってはいけないが、肩がヒクヒクしてしまった。「すぐホテルに帰る」と言い出したので地下鉄で退却した。バイオリンのおじさん感激をありがとう。

「イタリア大好き!」[7]


7.最後の晩餐


 ミラノに行くなら絶対「最後の晩餐」を見るべし。と知人からの強い勧めがあったので到着後すぐ予約の依頼するつもりだったが、コースに組み込まれていて1日目にしてあっさり遭遇できた。世界中から予約殺到で難しいと聞いていたのでこんなに楽して“ばち”が当たりそうではあったが、十分に堪能できた。教科書でしか見たことの無い芸術作品を目の当たりし、個人的にはこの旅の50%は終了できた気分である。ダビンチ様に感謝、そして空襲から守り抜いた先人達にも感謝である。修復も無事終了し、当初の色で迎えてくれた。近くで見るのではなく、お部屋の真ん中で拝見すると空間が広がり正しい遠近法の構図になる。何処まで天才なのかとひざまずきそうになった。街中のそこかしこにダビンチ様が登場する。「この道もダビンチ様が闊歩され 後輩らに指導育成したのかな」なんて、芸術と歴史に身をゆだねた。ミラノにこさせて頂き感激。

「イタリア大好き!」[8]


8.B&B工場視察


 家具メーカーのB&B本社事務所と工場見学が楽しかった。工場内は撮影禁止だが見学者は歓迎で、作業中の方も気楽に内容を披露してくれる。憧れの家具の中身まで確認できたことは収穫である。生産者の顔の見える産地直送の気分だ。ミーティングルームでスライドによる会社説明が1時間程あり予定より45分押しとなりその後のスケージュールが吹っ飛んだ。イタリア人は如何に自社の製品が優秀であるかを我々日本人に対して熱弁を振るってくれた。ありがたいが高くて大き過ぎるB&Bの家具はそうそう買えない。(残念)
 事務所ビルは建築家“レンゾ・ピアノ”氏により、工場はまた別の建築家が手がけたコラボレーションだ。カタログで見たデザインのデティールに釘つけとなった。(割とザックリしている)今が旬の建築家の建物に触れられた至福の時であった。いつかお気に入りの家具に囲まれた生活を夢見て、優しく素敵なイタリイアに感謝しつつ帰国の途に着いた。
いつか又。

イタリア紀行 - [1]


はじめに


2005年2月7日~13日までの7日間イタリア・ミラノ視察研修での視察先

○1日目 中央駅

○2日目 スフォルツェスコ城 ~ サン・テ-ティロ教会 ~ ドゥオ-モ ~ 王宮 ~ アレンガリオ宮殿 ~ スカラ広場 ~ マリ-ノ宮殿 ~ エマヌエ-レ2世ア-ケ-ド ~ メルカンティ広場 ~ サンタ・マリア・デッレ・グラツェ教会 ~ 最後の晩餐

○3日目  ミラノトレ地区 ~ 家具のショ-ル-ム視察

○4日目  カントュ-家具製造者教会 ~ B&B ITALIA ショ-ル-ム・工場視察 ~ DIYショップ

○5日目  照明器具のショ-ル-ム視察 ~ ブルガリホテル

○6日目  キッチンのショ-ル-ム視察 ~ DALI展


ショ-ル-ム視察場所名

カッシ-ナ                
GERVASONI
ARMANI/CASA
MRITALIA
ZANI&ZANI
eDEPADOVA
KA
POLTRONA FRAU
FLOS
ARTEMIDE

CREATIVITY
LUCITALIA
LUCE PLAN
BOFFI
MIELE
BIHOVA
ARCLINEA
RIMADESIO
PENELOPI
BISAZZA

イタリア紀行 - [2]



視察先での印象的に残る場所及びショ-ル-ム


〈 スフォルツェスコ城 〉
この城は元来の軍事的な目的を失い、現在では文化的に重要な意味を繰り返しており、20世紀ル-カ・ベルトラミにより現在の形に修復された。場内ではレオナルド・ダ・ヴィンチによるフレスコ画で描かれた16本の木々の葉での天井装飾や、武器甲冑の歴史展、また残念ながら未完の作品となったミケランジェロの最後の作品『ロンダ-ニのピエタ』を視察する。

イタリア紀行 - [3]




視察先での印象的に残る場所及びショ-ル-ム


〈 ドゥオ-モ 〉
1386年~19世紀の半ばまで工事が続けられたこの教会は、158mの奥行きと93mの幅で69mの天井高さで11,700平方メ-トルにも及ぶ、世界で3番目の規模の教会で、建築様式はゴシック様式が用いられており3,500の彫像によって飾られており、使われた材料はカンドリア産の大理石が使用されている。

イタリア紀行 - [4]




視察先での印象的に残る場所及びショ-ル-ム


〈 エマヌエ-レ2世ア-ケ-ド 〉
1865年~1877年に完成、重々しい石造りの建築に囲われた四方の空間に中央が鉄製のア-チで支えられており、室内とは思えぬ解放的な空間となっている。

イタリア紀行 - [5]




視察先での印象的に残る場所及びショ-ル-ム


〈 カントゥ-家具製造者教会 〉
1992年より設立され、イタリア・ミラノ周辺地区で家具メ-カ-中小企業約500社の中心として活動をしている。大学とタイアップして新技術の調査研究を各企業に公開して技術提供を行っている。

イタリア紀行 - [6]








視察先での印象的に残る場所及びショ-ル-ム


〈 BOFFI 〉
デザインいずれをとっても質の高いブランドである。洗面まわりのアクセサリ-も開始し、多彩な仕上のカウンタ-、洗面ボ-ル、水栓金具など、スタイリッシュなデザインである。

イタリア紀行 - [7]




視察先での印象的に残る場所及びショ-ル-ム


〈 BISAZZA 〉
ガラスモザイクタイルは表材がガラスなだけに透明度が高く、陶磁器タイルよりずっと発色がきれいな素材である。

イタリア紀行 - [8]




視察先での印象的に残る場所及びショ-ル-ム


〈 カントゥ-家具製造者教会 〉
1992年より設立され、イタリア・ミラノ周辺地区で家具メ-カ-中小企業約500社の中心として活動をしている。大学とタイアップして新技術の調査研究を各企業に公開して技術提供を行っている。

〈 LUCITALIA 〉
独創的かつ革新的な照明があり、『機能的でテクニカル、高品質なあかり』というコンセプトを守りながらデザインしている。主要デザイナ-の中には、二人の日本人、浅原重明、喜多俊之がいて、ミラノショ-ル-ムは浅原氏のプロデュ-スによるもので、とても個性的な空間の仕上がりである。

〈 RIMADESIO 〉
シンプルで重厚感のある建具や、半透明の扉を使用した収納引戸はクオリティ-の高さを感じる。

イタリア紀行 - [9]






終わりに


木造による日本建築文化の中で育った私にとって西欧の、石を積み上げた組積造による建築文化はその根底においてまったく異質な物に見えました。イタリアの場合その歴史が起元前から数千年分も横たわっているのですから、1度や2度の旅行でそのすべてを吸収することなどできるわけがありませんが、新しい沢山の刺激を受けました。これからの設計していく上で色々挑戦し、役立て行きたいと思います。


 

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